クイーンサイド・キャスリング

映画や演劇の鑑賞記録を中心に

子どもに学ぶ、信頼関係の築き方

学童でバイトしてます、とか保育士になります、と言うと「じゃあ子ども好きなんだね」と言われることが多くある。もちろん私は好きなんだけど、じゃあ子どもが好きな人が子どもを育てるのが上手いかというと、これは別問題である。
子どもがめちゃくちゃ好きな人が子どもと接する上で生じる問題の一つ、子どもを叱れない。これは多分、叱ることで子どもに嫌われたくない、とか子どもに嫌な思いをさせたくないという理由があるんだろうけれど、実は子どもは、自分をちゃんと叱ってくれる人により懐く傾向がある。もちろん叱った後にフォローを入れるとか、長々と説教しないとか、叱り方にもポイントはあるけれど。でも、子どもの可愛い姿だけをただただ褒め続ける人よりも、だめな部分も受け入れてどんな姿でも見捨てない姿勢をとる方が、子どもも「この人は自分のことをちゃんと見てくれる」と感じるのだろう。

子どもと言えども、ひとりの人間。大人よりも出来ることは少なくても語彙が少なくても、感情はきちんとあるし人を見定める目はちゃんと持っているから、小さい子だからと舐めてかかると結構バレる。
特に人懐こい子とか、初対面でも膝に乗ってきたりすることもあるけど、だからといって信頼されて懐かれているかと言えば違って、そういう時はむしろ試されている。この人は自分の話を聞いてくれるか?秘密の話をしても誰にも言わないか?いたずらはどこまで笑ってくれるか?誰かを贔屓していないか?怪我をしたらすぐに助けてくれるか?喧嘩したら自分の味方をしてくれるだろうか?

大人同士の対人関係と同じように、子どもも一つ一つの行動で周りの大人を試し、誰を信用し誰に頼るかを即座に判断している。だから子ども相手だからと適当な口約束をして、それを破りでもすれば一気に嫌われる。
子どもにとって大人からの愛情は生命線だし、誰を信じるかは彼らにとってとても重要なこと。だから子どもと信頼関係を築きたいなら、もしかしたら大人以上に真剣に考えなければいけないかもしれない。

私が信頼関係を築く上で大事なことは、非常にシンプルな以下の三点。

1.「与える」のではなく、どう「受け止める」か
約束は絶対に守る。嘘をつかない。気持ちを踏み躙らない。悲しい時は側にいる。つまり、何か特別なことをするとか一緒の時間を多く過ごすとか、そういう与えることではなくて、どう受け止めるか。簡単なように聞こえてこれがものすごく難しいけど、これが欠けると、どんなに長く一緒にいても信頼されない。
もっと言えば、徹底的にその子を知ることがスタートになる。何が好き?何が嫌?大切なものは?大切な人は?そして、例えそれが共感できなくても、絶対に踏み躙らない。例えば、「晴れよりも雨が好き」だと言われたら、「わたしは晴れの方が好き!」なんて返してはいけない。「どんな傘を持ってるの?」とか「雨の日は何をするの?」とか、どうしてその子が雨に興味を持っているのかを探る。

2.行為ではなく、存在を愛する
これは家族や友達、恋人にも言えると思うけれど、安定した関係性に必要なのは「ある程度必要とされている」という、「自分の価値」をお互いが実感し合っていること。
例えば、お手伝いしてもらったときに、「〜〜してくれてありがとう!」よりも「◯◯ちゃんがいてくれて助かった!ありがとね」って伝えるとか。子どもにとって大人は絶対的な存在だから、必要以上に褒めるよりも、その存在を認めることが必要な時もある。

3.行為のその先に答えを探す
自分が相手に対して起こした行為には、何の意味もない。大事なのはその先、「自分が起こした行為によって相手がどう感じたか」にあると思う。相手に何かをする、何かをあげることに満足して、そんな自分に酔っている人っているけど、それってものすごく自己中心的。①相手のために行為を起こすこと、②それに対する相手の反応を感じ取ること、ここまでをセットにしないと相手のことなど何も分からない。

相手を想う気持ちなんて、全て勝手に想っているだけであり、好意は受け取り側にその好意を受け取る気持ちがなければ、何の効力も発揮しない。善意も好意も愛も、万能ではない。これを理解して肝に銘じてからが、愛の見せ所です、きっと。

信頼関係って一度築いたら終わりではなくて、実は「信頼残高」として考えた方が良い。銀行口座と同じように、相手との信頼関係において預け入れも引き出しもあって、信頼の引き出しは簡単だけど、預け入れは日々コツコツと積み重ねていくしかない。
一瞬の好意に惑わされず積み重ねていく信用に価値を置くことが大切だし、純粋な心を持つ子どもに対しては特に、信頼を積み重ねるって意外に難しい。
でもそれこそが、子どもと関わる上で一番楽しかったりする。

愛について

 

何故この愛は恋になってはくれない

森 @_lllltllll_|note(ノート)https://note.mu/umiaruku/n/neb50c131452b

 

 

Twitterをフォローさせていただいてる方のnoteです。

とても美しい文章を書くこと、文学等の作品の趣味が似ていること、同じ保育士という職業であること...などなど、いろんな点からこの方が大好きなのですが、この記事を読んだ瞬間、この方を好きな理由がはっきり分かりました。

 

心の美しさ。自分の弱さを受け入れられる強さ。自らを省みようとする聡明さ...

わたしが誰かを美しいなと感じるポイントそのものが、この方の中にあったのです。

noteの内容は、あまりにも脆く儚い心情ですが、それをこんなにも透き通った表現にできるなんて、もう憧れます。

 

 

わたしが今までお付き合いした人は異性ですが、自分がいわゆるヘテロだと言い切るつもりはありません。ある人に、「あなたは同性愛者だと思っていた」と言われたこともあるし、もしかしたら両性愛者かもしれません。

わたしは恋愛感情と、だれかを尊敬する気持ちとを、あまり切り離して考えていません。人間として美しいなと思った人を愛するだけで、その気持ちは同性、異性関係なく存在します。

同性だから、という理由で愛する気持ちを抑えてしまうなんてもったいないし、仮に同性から愛されたとしても、わたしはそれを謹んで受け止めるでしょう。

 

だから、この記事にも書かれているように、

上着を貸すのに性別なんて関係ないし、愛に逆とか正しい方向なんてあるとは思えないのです。

 

学生時代に、大好きで仲良しで憧れだった女の子へ向けていた感情が、友情ではなく愛情だったかもしれません。

自らを両性愛者だと言い切っているあの子からわたしへ向けられる視線に、友情以上のものを感じているのも事実だし、わたしはそれを心地よく受け止めているのも、また事実です。

 

もう、何だっていいじゃないか、と思うのです。自分の気持ちを大事に育て、それを伝えられるのであれば。相手の愛を受け止める覚悟さえあるのであれば。

「愛している」を、知りたいのです。

 

「お客様がお望みならどこでも駆けつけます。

自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです。」

いま話題となっている京アニが制作しているこの「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」というアニメ、作画やストーリーの美しさから高い評価を得ているそうです。

大好きで憧れの人からおすすめしてもらったことをきっかけに見始めたのですが、第1話の開始数十秒で、「この作品がすき」と確信しました。

 

【あらすじ】

とある大陸の、とある時代。

大陸を南北に分断した大戦は終結し、世の中は平和へ向かう気運に満ちていた。

戦時中、軍人として戦ったヴァイオレット・エヴァーガーデンは、軍を離れ大きな港町へ来ていた。
戦場で大切な人から別れ際に告げられた「ある言葉」を胸に抱えたまま――。

街は人々の活気にあふれ、ガス灯が並ぶ街路にはトラムが行き交っている。
ヴァイオレットは、この街で「手紙を代筆する仕事」に出会う。
それは、依頼人の想いを汲み取って言葉にする仕事。

彼女は依頼人とまっすぐに向き合い、相手の心の奥底にある素直な気持ちにふれる。
そして、ヴァイオレットは手紙を書くたびに、あの日告げられた言葉の意味に近づいていく。

 

 

大まかな話が繋がっていきますが、基本的には一話完結型なので、一話ずつ楽しむこともできます。

丁寧で緻密で繊細な作画が、純粋なストーリーを盛り上げています。音楽もきれいだし、風景や人物の表情の演出が、とても美しいんです。まさに心を奪われるというか、浄化されるというか。

武器として生きてきた少女ヴァイオレットが、回を追うごとに、少しずつ人としての感情を学び、柔らかい表情を浮かべていく様子、そして相手の気持ちを考えることができなかったヴァイオレットが、手紙を代筆することを通して、少しずつ「行間を読む」「相手の気持ちを汲み取る」ことを覚えていく様子に、改めて自分の心や感情についても考えました。

言葉通り受け止めてしまっては、相手の真意に気づけないことがたくさんある。「建前」と「本音」、「嘘」、「言いたいけれど言えない」...人はジレンマを抱えながら生きるものですが、そのジレンマに気づいてあげられる人がどれだけいるか。相手が言いたくても言えなかったこと、言いたいけれどうまく言葉にできないことを、どうやったら掬い上げてあげられるのか。

 

私自身、手紙を書くのが好きなので、手紙を代筆するというこのお話がすごく好きだし共感するところが多くありました。どんな言葉を使えば伝わるかな、どういう気持ちで読んでくれるかな、と相手を想いながら文字をしたためるあの時間が、大好きです。

宇多田ヒカルの夏

真夏の通り雨

思い出たちが 不意にわたしを 乱暴に掴んで離さない

愛してます 尚も深く 降りやまぬ 真夏の通り雨

宇多田ヒカルの曲のなかでも大好きなこの曲。彼女らしい、美しい表現が溢れていて、静かな曲なのに、すごく心を揺さぶられます。

思い出を積み重ねたが故に、思い出に苦しめられる。"通り雨"なのに、"降りやまない雨"という歌詞...

ただの一時的な感情であるはずなのに、まるで永遠のように感じられるあの感覚を、見事に表しています。

勝てぬ戦に息切らし あなたに身を焦がした日々

忘れちゃったら私じゃなくなる 教えて 正しいサヨナラの仕方を

夏の夜に降る雨って、すごい好きです。それまで騒がしかった世界を一掃してくれるような、それでいて心のなかを見透かされるような、とても不思議な力があるように感じます。

 

プレイ・ボール

花火の色が横顔を照らす 寂しい空が急に笑う

綺麗な星が帰り遅らせる

花火の表現がとても秀逸なこの歌詞が、大好きです。

一人でも続けると決めたmission

誰にでも好きと言えるわけじゃない

狙いを定めて I'm throwing my heart at you

夏の昼間のセミの鳴き声や子ども達の遊ぶ声などの喧騒が、夕方辺りからちょっとずつ涼しくなるとともに静かになって、寂しさを感じるけれど、そんなところも好きです。

夏だからちょっと勇気を出して何かチャレンジしてみよう!とか、気になる子をお祭りに誘おう!とか、ああいうワクワクした感じ良いですよね♡

(23)

 

先日また一つ歳を重ねて、23歳になりました。

日付が変わる時、ワインを飲みながらいろいろと思い巡らし、ぼーっと考え耽っていたのですが、備忘録を兼ねてここにまとめようと思います。

 

お誕生日について

わたしは以前から誕生日というものに特別思い入れもなく、日常と同じように過ごします。

誕生日は確かに特別な日だけれど、それよりも、その誕生日までの過程となる他の日々に重きを置きたい。そして誕生日当日に、「ああこの一年でこれだけ成長したな」と、一年間の自分を労い、新たな一年間を生きるための祈りとしたい。

わたしは他人の誕生日を祝う時も、生まれてきたことを祝うのではなく、これから生きることを祈ります。生まれたことは祝うべきことですが、それはあくまでも過去のことです。そして、生まれ落ちたことを必ずしも幸せだと捉えられるかは、人によります。何らかの理由があって自分の出生を喜べない人も、生きることに疑念を抱く人にも触れてきました。だから、これから生きていくことに対して、少しでも肯定的であってほしい。たくさんの幸せや祝福が訪れるのだと、少しでも期待をしてほしい。そう願って、「たくさんの幸福が訪れますように」と添えて祝うことにしています。祝福は、幸福の象徴として、一番明確で単純で綺麗なものだからこそ、その人に心地よく伝わる形で、届けられたらと思います。

 

23歳

23歳ってなんだか半端な歳だなと思います。成人して3年ですが、わたしはこの春に就職したので社会人としてはまだまだ至らない部分ばかり。小さな頃思い描いていた「大人」と、現実の自分とのギャップを痛感する日々です。30歳くらいになれば、きっとあらゆる面で余裕が生まれるんだろうなと思いますが、30歳になった時にどう感じるかも分かりませんね。

 

わたしは、24歳になるのが小さい頃から楽しみでした。

理由としては、一つは24という数字が好きだから。干支が2周するし、純金は24カラットだし、割り切れるしなんか見た目もバランス良いし(笑)。

もう一つは、当時24歳の人に憧れることが多かったから。当時習ってたバレエの先生だったり、周りのお姉さんたちだったり、当時恋い焦がれていた人の年齢だったり。幼稚園から中学生、高校生あたりのまだまだ「大人」に憧れていた幼いとき、なぜか24歳の人に焦がれることが多かったんです。だから、24歳になったらあんな素敵なお姉さんになるんだろうな、24歳で結婚したいな、なんて未来予想図を描くこともあって。

でも同時に、24歳に憧れるあまり、わたしはそれ以降の自分の姿を全く想像できなかったんです。24歳まではなんとなく思い描けるのに、なぜか25歳以降のことはイメージが浮かばない。まるで24歳から先に進むことを自分が拒んでいるようで、わたしの寿命は24歳なのでは、と頭をよぎるほど...さすがにいまはそこまで不安には思っていないけど、でもその影響が強いためか、今でも特別長生きしたいとはあまり思いません(笑)。

だから、今年23歳を迎えて思うのは、憧れの24歳まであと一年を切ったということ。

あと一年でどれだけの変化を遂げられるのか、どんな逆境を乗り越えて成長するのか。一年後に24歳を迎えたとき、小さな頃憧れていた「かわいくてやさしいおねえさん」にどれほど近付けているか。来年のお誕生日を、どこでどんな形で迎えているか、とても楽しみです。

そのためにも、23歳が素晴らしい飛躍の年となりますように。いま抱えているたくさんのモヤモヤを一つずつ解消して、心身ともに、潔い女性となれますように。ここに改めて、祈りと誓いを捧げます。

ロンドン旅行

去年の秋に、ロンドンに行ってきました。

寒いだろうなとか、ご飯美味しくないだろうなとか(笑)、不安な部分もありつつ行ったのですが楽しかった〜〜!!!私は美術館とか大好きなので、有名な絵を見られて、もう有り難みを忘れるほどたくさん見られて、とっても幸せでした。

 

イギリス人のイメージって、ちょっと皮肉っぽいというか、保守的でありつつも規範の裏をかくような感じがありました。実際ロンドンに行ってみたら、やっぱり街全体がそういう雰囲気で、どんな要素がロンドンをそうさせているのだろうとすごく不思議だったんですけど、写真を見返して気付いたのは、ロンドンの雲はものすごく分厚いということです。夏の入道雲をぎゅっと潰したような、重そうな雲なんですよね。陽射しを通さないような分厚い雲だから、その影に入ってしまえば、たちまち暗くなるし寒くなる。

だから、晴れのときと曇りのときで、街全体の雰囲気がガラッと変わります。大きな公園も沢山あるけれど、晴れていれば木々や街灯がキラキラ光ってとても美しいのに対して、曇ってしまうとものすごく陰気で物悲しい雰囲気が辺り一面に広がる...

あくまで私のイメージですが、イギリス人が保守的でありながら同時にアヴァンギャルドなものを好むのは、こういった気候による二面性が影響しているのではないかと思います。

 

その二面性に影響されるのか、イギリス人アーティストの作る音楽は、どちらかというと内省的で暗いものが多いように思えます。ピンク・フロイドキング・クリムゾンMuse ...この辺が有名ですかね? 彼らの曲は、歌詞が皮肉やウィットに富んだものが多い気がします。またイギリスというとゴシックやプログレ、ロックのイメージもありますが、イギリスのロックを聴くとやっぱり皮肉というか、翳りがあるというか、底抜けに明るいものって少ないんですよね。

でもだからといってひたすら暗いのかというと違って。「闇」ではなくて「陰」のイメージですね。光があるからこそ生まれる「陰」です。光に憧れるけれど、手を伸ばすことはなくそっと様子を伺う。内省的だからこそ、外の世界を冷静にキャッチし、客観的に描くことができる。私自身明るいタイプではないし、深読みとかメタファーとか大好きなので、イギリスのロックはとても好きです。MuseのKnights of Cydoniaや、ColdplayのViva La Vidaは、スッと体に染み込むような感覚があって、大好きな曲です。

 

 

好きな音楽

音楽は、私の中ではどんどん好みの傾向が変わるものの一つですが、それでもずっと聞くものを取り上げました。

Bruno Mars “Just the Way You Are”

When I see your face There’s not a thing that I would change 

Cause you’re amazing Just the way you are 

And when you smile the whole world stops and stares for awhile 

Cause girl you’re amazing Just the way you are

私が勝手に「雄の頂点」と位置付けているブルーノ・マーズの名曲です。サビに限らず全部の歌詞が大好きなんですけど、こんな素敵な歌詞を書けるってすごいし、こんなド直球な歌詞をかっこよく歌えるブルーノも素敵ですよね。

ブルーノはドラムもできてダンスもめちゃくちゃ上手くて、そのパフォーマンスはいつ見ても最高だなと思います。一番好きなのは2014年のNBA Super Bowlのハーフタイムショーです、あれは何度見ても楽しめます!!その時もJust the Way You Areを最後に歌ってるのですが、彼の歌声も歌ってる時の表情も、とても柔らかくて好きです。

 

Ed Sheeran “Perfect”

Baby, I'm dancing in the dark, with you between my arms
Barefoot on the grass, listening to our favorite song
I have faith in what I see 

Now I know I have met an angel in person And she looks perfect
I don't deserve this You look perfect tonight

歌詞もメロディも本当にシンプルで、純粋な気持ちが伝わってきて幸せになれる曲です。心を落ち着けたい時に聞くことが多いかな。ビヨンセとのデュエットバージョンもすごく好き。angel in personとか日本語で言われたらドン引きだけど、英語だとすごく綺麗な響きをしていて不思議...

 

宇多田ヒカル「COLORS」

どこへ行ってもいいと言われると 半端な願望には標識も全部灰色だ

私が宇多田ヒカルに惹かれた理由の一つが、この歌詞です。選択肢が多ければ多いほど迷ってしまい、結局自分が何をやりたいのかよく分からなくなる...思春期によく陥る負のループみたいなものを、見事に表した歌詞だなと思います。

 

宇多田ヒカル「Forevermore」

友達は入れ替わり服は流行り廃る 私を私たらしめるのは 染み付いた価値観や身に付いた趣味嗜好なんかじゃないと教えてくれた

高校から大学生あたりになると、私自身も、もちろん相手にも日々心の変化があって、仲が良かった人に急に違和感を覚えることが何度かありました。自分の心の安寧のために、ずっと仲良くしていた人と距離を置かなければならないのが最初はすごく心苦しくて...それこそ洋服の趣味もどんどん変わったし、自分の軸がどんどん変化していく様子に、自分自身ついていけなくて戸惑っていた時期があったので、この曲を聴いた時に、そういった経験が全部無駄ではなかったのだと「答え合わせ」のようなものができて、すごく嬉しかったのを覚えています。

 

"So close"(ディズニー「魔法にかけられて」より)

“So close to reaching that famous happy end

Almost believing this one's not pretend

And now you're beside me and look how far we've come

So far we are, so close”


魔法にかけられて」はディズニーで一番好きな作品の一つだし、一番好きなプリンセスもジゼルです。あとは「美女と野獣」のベルも好き。ジゼルはおとぎ話の世界からこの現実の世界にやってきたプリンセスで、慣れない環境に戸惑いつつも自分の信念は決して折ることのない、強い女性です。基本的にマイナスな感情を出すことはなくて、いつも楽しいことを考えていて、周りの人をすごく大切にしている姿が印象的。ベルが私にとって憧れの女性なら、ジゼルはロールモデルのような存在です。

吹替版だと「そばにいて」というタイトルになってて、英語版も日本語版もどちらの歌詞も素敵。パーティのシーンでこの曲が流れるんですけど、その華やかさが、お互いの想いももう分かっているのにそれを伝えることはできないという切なさを引き立たせていて...目の前にいるのに届かない、そんな甘くて苦しい感情に溢れている曲です。